小麦抜きダイエットの方法は以下の通りです。
①小麦で作られる食品をいっさい口にしない
③2週間で体質が改善できると説明している方法もある
③そのほか、さまざまなやり方がある
小麦抜きダイエットの背景
「小麦抜きダイエット」は、低炭水化物ダイエットのバリエーションのひとつといえそうです。
このダイエット法が世界的に有名になったのは、2011年にプロテニスプレーヤーのノバク・ジョコビッチ選手が「病弱だった肉体をこれで大改造した」と自著の中で述べたことが、きっかけのひとつだったようです。
戦時下のセルビアで育った彼は体が弱く、食べるものはパンしかないという時期を経験したせいか、プロテニスプレーヤーになったあとも喘息発作や関節痛、腹痛、頭痛、疲れやすい、鼻づまりなど、さまざまな症状に悩まされていたのだそうです。あるとき知り合いの栄養学者が、「すべて小麦が原因なので食べるのをやめるように」と彼にアドバイスしました。さっそくそれを受け入れ、小麦でできている食品をすべてやめたところ、たちまち体調は良くなり、テニスの試合に次々と勝ってランキングを上げていった、という感動秘話です。
この逸話が何を物語っているのか、そしてダイエットとどのような関係にあるのかを考察してみることにします。
それにしても、なぜ小麦だったのでしょうか。
小麦の成分は、炭水化物が(重量比で)75%くらいを占めており、中心はでんぷんです。次に多く含まれているのは各種たんぱく質ですが、大部分は、水を加えて練っていく過程で化学変化を起こし、「グルテン」というたんぱく質に変わります。強力粉、準強力粉、中力粉、薄力粉の区分があるのは、おもにこのグルテンの性質と量の違いによるもので、これらの組み合わせにより、調理されたあとの食品の硬さやしなやかさが決まります。
では、小麦のどんな成分がジョコビッチ選手の体に合わなかったのでしょうか。
小麦食品が多い欧米では昔から、グルテンのせいで症状が悪化する病気や体質があることが知られていました。そのような病気や体質の人がどれくらいの頻度でいるのか正確な統計はありませんが、欧米で行なわれたある調査によれば、200人に1人くらいの割合ではないかと推定されています。ジョコビッチ選手も、あくまでグルテンに対する特異体質であり、食事療法によって体調を回復したという話なのです。
食事療法としてのグルテンフリーは、科学的に実証されており、米国の権威ある医療機関もこれを推奨しています。
ところが彼の本を紹介した海外メディアの多くは、「The diet that saved Novak Djokovic
(ノバク・ジョコビッチを救ったダイエット)」などのタイトルを掲げていました。
冒頭でも述べたとおり、ダイエットという言葉には本来、「食事」「病気の食事療法」という2つの意味しかありません。このニュースが日本に上陸した際、食事療法の意味で使われた言葉が、「やせるための方法」と勘違いされてしまったのではないでしょうか。
グルテンはともかく、小麦成分の大部分は炭水化物ですから、もし小麦でできている食品をやめ、そのうえでカロリー制限もいっしょに行なうのであれば、低炭水化物ダイエットと変わりはありませんから、体重も減っていくに決まっています。ジョコビッチ選手は体重も少し減ったそうですから、グルテンを抜いただけでなく、カロリー制限もしていたことになります。
一般書の例
『ジョコビッチの生まれ変わる食事――あなたの人生を激変させる14日間プログラム』(ノバク・ジョコビッチ著、タカ大丸訳、三五館)
『2週間で体が変わるグルテンフリー(小麦抜き)健康法』(溝口徹著、青春新書インテリジェンス)
『いつもの食事から小麦を抜くだけ、グルテンフリーダイエット』(エリカ・アンギャル著、ポプラ社)
小麦抜きダイエットの良い点
小麦粉でできている食品には、パン、シリアル、スパゲッティ、うどん、そうめん、中華めん、ケーキ、ビスケット、まんじゅう、カステラなどがありますが、日本そばなど意外な食品にも含まれていたりします。
そんなことを勉強しながら、ダイエットがはかどるのであれば、飽きずに続けることができ、また食品に対する興味も深まり、一石二鳥の方法なのかもしれません。私自身も小麦についていろいろ勉強することができました。調理に使う小麦粉の選び方や使い方などに対する理解も深まり、趣味のケーキ作りにも大いに役立っています。
それにしても、小麦を含む食品はあまりに多く、その成分を完全に排除するのはなかなか大変です。とくに食事療法として実施する場合、たとえばスパゲッティをゆでた鍋にも微量なグルテンが付着しているため、調理器具などもすべて別にしなければなりません。それほどまでに神経をすり減らすようなダイエット法は、考えただけでやせてしまいそうです(?)。
小麦抜きダイエットの疑問点
小麦抜きダイエットを推奨している、ある本の中に、「欧米人に体調が悪い人が増えているのは小麦を食べているせい」という主旨の記述がありました。しかし、欧米には食生活も異なる多様な国々があり、いったい「欧米人」とはどの人たちを指すのか、あるいは体調が悪い人が多いとはいかなるデータによるのか、小麦を食べているせいであることを示すデータはあるのか、など疑問だらけです。統計学的にいえば、多彩な欧米諸国をひとくくりに表現されても、対象が広すぎて、その体質を科学的に分析するのはほぼ不可能です。あまりにもいい加減な記述と言わざるをえません。
小麦抜きダイエットと、ほぼ同義語として使われているのが「グルテンフリーダイエット」です。この言葉は、とくに欧米では病気に対する食事療法という意味でしか使われておらず、やせるための方法という意味はありません。当然、ダイエット法としてのグルテンフリーを調査した学術文献もありません。
唯一の例外が、ウイリアム・デイビス氏という米国の医師が提唱している「小麦腹ダイエット」なるものです。
学術文献は発表されておらず、その公式ホームページによれば目標が2つあり、ひとつは小麦を食べないこと、もうひとつは血糖と体重が低下するよう炭水化物を減らすことだそうです。但し書きがあり、グルテンフリーとされる食品に騙されてはいけない、なぜなら、たとえグルテンが除かれていても、炭水化物が大量に含まれている食品が多いから、というのです。グルテンフリーダイエットを推奨しつつも、たんなる低炭水化物ダイエットとなんら異なる点がないことに気づいていないようです。このホームページは、自著を売り込むための宣伝にすぎないように思われます。
……と、小麦抜きダイエットについては、いささか皮肉めいた記述に終始してしまいましたが、ダイエット法として不適切なものに対しては、厳しい判定を下さざるをえません。錦織圭選手を応援するため、宿敵ジョコビッチ選手への面当てとして述べたわけでは決してありませんので、誤解ないようお願いします。
小麦抜きダイエットの格付け
1点/10点
▼理由
・低炭水化物ダイエットと同じ健康障害が懸念される
・健康な人のダイエット法としては実用性に乏しい
・やせる効果は低炭水化物ダイエットに準じる
コメントを残す